作り手になるまでの物語をたっぷりお聞きしました。

今回のインタビューは、葉山在住、ニットデザイナーの渡部まみさん。

渡部さんは、ニットブランドshort fingerとして、オーダーメイドのニット帽を制作するとともに、CA&Co.という上質なカシミアのニットブランドも運営されています。

渡部さんとは移住前に知り合い、展示会でニット帽をオーダーさせていただくなど親しくさせていただいていました。葉山に来てからもご縁が続き、今では家族ぐるみのお付き合い。

どんな時も太陽のような笑顔で、お会いすると必ず元気になれる渡部さんは、私にとってニット作家としてはもちろん、女性としても憧れの存在です。

(聞き手:works and stories 松井咲子/撮影:渡部忠)

4「悔しい!」を感情で終わらせない

- 第4回は、渡部さんのカシミアブランド、CA&Co.について。
そして、作ったものをどうやって売ってきたのか、ビジネスウーマンとしての渡部さんのご経験についてお話していただきます。

松井
今までは手編みのニット帽のお話を伺ったんですが、渡部さんは素敵なカシミアのニットのブランド(※CA&Co.)も立ち上げられていますよね。こちらは何年ぐらいになりますか。

渡部
2018年からだから4年目です。
松井
どういう経緯で商品の幅を広げたんですか。
渡部
もともと私はカシミアがすごく好きで。軽くて、あったかくて、ちくちくしない。その3つの要素が揃ってるでしょう。
編み物の仕事をするようになって、肩がすごく凝る。冬も寒い。だからいっぱい着こみたいんだけど、普通のウールだと重くて肩がこっちゃう。
だからもう、気が付いたらカシミアばかり着てました。
あまりにもカシミヤばかり着るものだから、「作ろう」と思って(笑)ほしいカタチは作るしかないって。
それで、知り合いの方にモンゴルの工場を紹介してもらって、
モンゴルにも行って依頼をしてきて、始まったのがCA&Co.。

- えー!本当にそんなことできるの!?
「ほしいから作る」、言葉にするのは簡単だけれど、実際に形にするのは全然簡単ではないはず!
だけど、作りたいと思ったらすぐに工場を探して、モンゴルまで行って、新しいブランドを始めてしまうなんて、渡部さんのフットワークの軽さと行動力を物語るエピソードです。
やりたいと思ったらすぐにやれる方法を考えて始める。ここにも良い波に乗る渡部さんがいました。
 
実のところ、渡部さんのお話を伺うまで、私自身カシミアのことあまりよく知りませんでした。
カシミアってどんなもの?ウールと何が違うの?気になってモンゴルのこと、カシミアのことをいろいろ聞いてみました。

松井
モンゴルのカシミアは特に品質が良いんですか。
渡部
私がお願いしている工場は外モンゴルにあるんだけど、モンゴルは外に行くほど北極に近いから寒い。寒いところにいるカシミヤは体毛が細くてあったかいんです。
だから、素材がいいっていうのがあって外モンゴル。
取引をしている工場さんは、社長が自分で原毛を買い付けに遊牧民のところまで行って買い付けて、綿を全部洗って、染めて、糸にして製品にする。
それを一か所で全部やっていて。そこで作ってるから安心できるし、中間マージンも入らない。私の作るものはシンプルだから、できればお手頃価格でお届けしたい。
そう思うと、ひとつの工場でそれを直に仕入れる方が安くできるから、そういうのもあって、その工場さんがよかった。

松井
なるほど~。
以前縁あってモンゴル人の家族と一緒に仕事をしたことがありましたが、彼らの話によるとモンゴルの冬はマイナス30度にもなるのだとか。
極寒の大草原で、動物たちが寒さから身を守るために纏うたっぷりとしたふかふかの体毛、そんな特別なカシミアが、温かくないわけがありません。
最高の素材を、工場の社長さんが自ら買い付けて、いくつもの工程を経てセーターとなってはるばる日本の私たちの元に届くのだと思うと、なんとも感慨深いです。

- ところで、ニット帽はオーダーを受けてから手編みで一つ一つ作りますが、CA&Co.のカシミアは、工場生産するという大きな違いがあります。
渡部さんはこの違いをどう捉えているのか、伺ってみました。

松井
カシミアのセーターを作るのは、手編みのニット帽をオーダーで作るのと違ったおもしろさがありますか。
渡部
カシミアは、毎年同じものが買えるようにしたいんです。
あそこに行ったらあのセーターが毎年色違いでいつも買える、って思ってもらいたい。
基本は毎年同じものを作り続けるんだけど、ちょっと色を変えたりとか、こういうデザインも欲しいなって付け足していくとか、そういう感じがいいと思っていて。
できれば、私たちや子育て世代の人に着てほしいの、一番。それも普段着として着てほしい。
一番あったかいカシミアをおしゃれしていくときにだけ着るのってすごくもったいなくて。家の中でこそ自分が気持ちよく軽くて肩もこらなくてあったかくて、ちくちくしないものを着て過ごしてほしい。そういうときに普段着として着てほしいから、そういう風に着たいなと思ってくれる人が増えるといいなと思って。
カシミアって高級でしょ? クリーニング大変でしょ?とか、そういうのを全部違うよって伝えたい感じがある。糸がつるつるで絡まりづらいから、普通にウールのセーターを洗うよりもカシミアの方が安心して洗濯機で洗える。ドライクリーニングに出すと、ウールを傷めちゃうの。だから家で洗った方が絶対良い。そういうことも全部知ってほしくて、やっています。

- わ~カシミアって洗濯機で洗えるんだ!
お話を聞いて、一気にカシミアとの距離が縮むのを感じました。これなら私も挑戦できるかも。それにしても「カシミアを家で普段着に」という渡部さんの言葉は目からうろこ!
 
昨今リモートワークの方も多くいらっしゃると思いますが、リビングのパソコンの前に座って、さあ仕事だ!と思うとき、身に着けている普段着があったかくて、軽くて、気持ち良いって、単純に最高だなあ!
なかなか自分のために何かすることができない子育て中のお母さんたちも、自分を大事にするための上質なカシミアのセーターが一枚あれば、ずいぶんご機嫌に過ごせる気がします。
普段着に着やすいように、セーターはシンプルなデザインを目指しているそうです。
 
さて、ここまではニットを作ることに関わるお話を伺ってきましたが、ここからは角度を変えて「売る」ことについてお聞きしたいと思います。
渡部さんが十年以上もブランドを続けるためには、作るのと同じぐらい売って利益を得ることが大切だったはずです。

松井
私だったら、自分が作ったものに値段をつけることになったら迷うだろうなあと思うのですが、最初に商品の値段はどのようにして決めましたか。
渡部
私はもともとアパレルにいたから、一般的なセレクトショップの値段が買いやすいと思って。
だからハンドメイドだから安すぎるとか、ハンドメイドだからすごく高いとかじゃなくて、普通に売ってるものの値段にしたかったんです。
だからバッグもはじめは15,000円ぐらい。それでやっていくうちに自信もついたし、材料もどんどん良くなっていったから値段も上がってきたけれども、一般的に買いやすい値段、ちょっとだけがんばったら買えるっていう値段。

- これって、お客さんからするととっても嬉しい価格設定。ちょっと特別だけど、頑張りすぎず買える価格。
アパレル時代に身に着けた勘で絶妙な価格設定を実現されましたが、これから同じように作品を販売したいと思う人にとっても、「ちょっとだけがんばったら買える値段」はひとつの参考になりそう。

松井
女性一人でこの町で新しいことを始めるのに、元手って必要でしたか。
渡部
私は、材料を買うお金と、ホームページ作るお金と名刺を作るお金があればいいのかな。
松井
今は無料でオンラインストアを作ることができるサービスもたくさんありますよね。
渡部
そうですよ。だから、自分で頑張れば、材料費を買うお金があればできるんじゃないかなあ。今ゼロ円でもなんでもできるものね。

- 次に、工場で生産されるカシミアのセーターの発注について、気になることをお聞きしてみました。

松井
オーダーメイドで編むニット帽とは違って、カシミアのセーターは工場生産でまとめて注文するので在庫を抱えるリスクがあると思うんですが、毎年売れる数はどのように予測されているんですか。
渡部
カシミアは定番のカタチに絞ってるから、今年売り切らなくても来シーズンのストックになりますよね。
食べ物と違ってちゃんと保管しておけばずっと売っていけるものだから、見込みでたくさん作ります。足りなくならないように。

- なるほど。足りなくならないようにたくさんつくる。
ずっと売っていけるものであること、ベーシックで流行りすたりの少ないデザインであるというのもリスク管理の大きなメリットなんだなあ。
とはいえ、去年は少し事情が違ったのだとか。

渡部
去年はコロナの影響があったから、あまりカシミアの商品も多く作らなかったの。そうしたら、意外と需要が多くて、在庫が足りなくなってしまって…。

- お客さんを前にして在庫が足りない…!どうしてそんなことになったのでしょう?気になって詳しく伺ってみました。

渡部
去年から始まった新しい場所での販売イベントが1ヶ月あって、予想以上の反響で、イベント中に在庫が足りなくなったの。だから今年はしっかり作る用意をしています。
去年は売り逃しちゃったのかなっていうのがすごくあって。イベント中になくなるものも、在庫があればすぐに補充できるから。
松井
なるほど。それは悔しいですね!
渡部
悔しい!(笑)
カシミアは気持ちがいいものだから、ちょっと高いけど頑張って買ってみようって。そういう人が初めて買って、わあすごいよかったと思って、来年もカシミア買ってみようって言って来てくださるかもしれない。
カシミアを知ってもらう機会を逃した~!っていうのがあったから、今年はもう早めにすごく作らなきゃだめ!って。

- 編んでいられればそれでいいと思っていた渡部さんが、機会を逃したことを「悔しい!」と感じる。
でも、ただ「悔しかった~!」という感情で終わらせないのがさすがです。

松井
こういう風に「悔しい」と思ったのは初めてですか。
渡部
うん、初めて。今までこんな風にカシミアがどんどんと売れていく現場を経験したことがなかったから。
カシミアの販路って独特だから、今までの3年間はまだ築けてなかった。やっとそれがフィットする場所っていうのがたまたまやってきたんですよね。
松井
それが、新しく始められた場所だったんですね。
渡部
そうですね。お客さんの層もあるし、年代もあるし。いろんなことがマッチして。場所と。
びっくりするぐらいカシミアを求めてくれる人が多かったの。私も。はあ、そういうことか~と思って。

- ビジネスをする上では当然のことかもしれませんが、驚くべきは、これを渡部さんがすべて一人で考えて実行しているということ!
自分が立ち上げたブランドを続けていこうと本気で思うからこそ、ピンチをチャンスに変えていけるのだと思います。
そして、こういった決定を自分の裁量ですぐにできるのもブランドを一人で切り盛りする醍醐味なのかもしれません。

松井
最初は作るだけでよかったと言っていたところから大きい心境の変化でしたね。
渡部
こういうことがなかったら、自分の中で何も変わってなかっただろうし。たまたま声をかけていただいて、ありがたいなと。

- 次回は、自分から営業をしたことがないという渡部さんが、これまでブランドを続けてこられたのはなぜか、その神髄に迫ります。

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この記事に登場の作り手

ポートフォリオ

渡部まみ
都内の服飾専門学校卒業後、イトキン株式会社のニットデザイナー、某服飾専門学校の教職を経て、2007年葉山に移住、2008年ブランドshort finger(ショートフィンガー)を立ち上げ、活動をスタートさせる。
現在は外モンゴルで生産するカシミヤブランドCA&Co.(シーエーアンドコー)と、パタンナーの木地谷良一さんと運営するパターンレーベルTOWN(タウン)としても活動する。

https://short-finger.com/

〒240-0111 神奈川県三浦郡葉山町一色1490-4
info@short-finger.com

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