作り手になるまでの物語をたっぷりお聞きしました。

今回は、鎌倉の大町でレザークラフトのアトリエ兼ショップを営む、TSUZUKUのオーナー齊藤篤さんと、その奥様の麻紀さんにお話をお聞きしました。

取材に伺う以前、鎌倉・大町を訪れた際に、趣ある古民家をリノベーションされたTSUZUKUさんのシックな店構えに釘づけになった私。こんな素敵なお店の中にはどんな方がいるのだろうとずっと気になっていました。
この度、取材にお邪魔させていただくことになり、ドキドキしながらお店に向かうと、温かく優しいおふたりが、笑顔で迎えてくださいました。

(聞き手:works and stories 松井咲子/撮影:渡部忠)

4つながりを持てることが、ここで得られた一番大きなもの。

- 第4回は、鎌倉での物作りについてお聞きします。

松井
そろそろ鎌倉でと思われたんですね。
齊藤
この場所をたまたま彼女が見つけてくれて。

麻紀
私はどこにも所属してないからどこにでも行きたいんです。いろんなところに行くのが好きなので。
四国に旅行に行ったら四国が良いんじゃない?って本気で思ったり。でもいろんな現実的なことを考えたときに まずは家の近くで、鎌倉・逗子・葉山と思って。鎌倉だったら大町がいいなと思って探していたらたまたま見つかって。
齊藤
僕はそんなに彼女みたいに外へ外へというよりも、じっとしてたいので。休みの日もうちにいたいタイプなんです。
それで自転車で来てみて。最初は床もない状態で。ここも土だったんですよ。全部土で。土とほこりの匂いしかしなかったんですけど、家賃も代官山より安かったですし、何より近いし、交通費かからないし、迷うこともないかなって、すぐ決めました。

- 実直で落ち着いて制作活動をする職人肌の篤さんと、アクティブでフットワークの軽い麻紀さん。お二人がお話されている様子を見てとても素敵だなあと思ったのは、麻紀さんが篤さんのこと尊敬し、応援されているところ。そして、必要なときは自ら動いてすっと背中を押す。篤さんもそんな麻紀さんの働きに刺激を受け、新しい一歩を踏み出されました。
実は、私の夫も篤さんと同じくじっとしていたいタイプ。恥ずかしながら、私は夫がじっとしているのを見るとひとりでヤキモキするばかりで、優しく上手に背中を押したいと思いながらもぴしゃっとお尻を叩くことになってしまいがち。私も麻紀さんのように夫の仕事を応援できる妻になれたら、良いのになあ。

松井
そうだったんですね。お店は代官山のときより広くなりましたか。
齊藤
1.4倍ぐらい。
松井
逗子のお住いとこちらを同時に借りられてるんですよね、すごいですよね。
麻紀
だから今探してるんですよ、今度は家を。
安いところはないかなって思って。
齊藤
家と仕事場は分けたいんです。家の土間に降りて仕事して、ご飯食べに戻るとかっていうよりは、別の場所の方がいいですね。途中で声をかけられると集中力が続かないので。
松井
この場所はどうやって見つけられたんですか。
麻紀
たまたまネットで。
松井
へ~。良いお店になるという予感があったんですね。
麻紀
そうですね。
齊藤
床を張るのを大工さんに当たろうと思ったら、そんなに急に見つかるもんじゃないっていうことで。桜花園(※葉山町にある、古材・古道具専門店)に相談したら「じゃあ、自分でやるしかないんじゃないですか」って言われて。
じゃあって床材をたくさん買って。桜花園の方に手伝ってもらって壁を塗ったりもしました。

- ネットでみつけた古い空き店舗を、素晴らしい空間に変身させたおふたり。仕事場が自宅から近くなったことで、これまで子育てに専念していた麻紀さんもお店で働くようになりました。

松井
鎌倉に移転したタイミングで麻紀さんもお店に入られたんですか。
麻紀
そうですね。作ることに集中してほしいなと思っていたので。事務とか物を届けるとか、できることはやっていきたいなと思って。代官山時代は、私も行くのも大変だったし全然手伝いもできなかったから。
松井
なるほど。今はどんなスケジュールで動いていらっしゃるんですか。
麻紀
今は、子どもが幼稚園なのでお迎えが早いんですよ。1時半にはお迎えに行かなきゃいけなくて。
だから週1回か2回来られたらいいかなぐらいで。来られるときは、一緒に来てやります。
齊藤
意外とこのテーブルで彼女が作業してたりすると、僕が奥でひとりでやってるよりお客さんが入ってくることが多い気がしますね。
麻紀
落ち着いたらコーヒーとかも出せたらなと思っています。

- 自分たちの手で変身させた素晴らしい空間で、役割分担をしながらも夫婦で進んでいく。
二つの車輪がうまく回ってこれからどんどん新しい風が起きる予感がします。このお店に座ってコーヒーを飲みながら篤さんが作ったレザー商品お話が聞けるなんて、贅沢!。

松井
鎌倉に来られたときに、お店の名前もTSUZUKUさんに変えられたんですね。
齊藤
最初は、「革工房あつ」だったんですけど、いいタイミングかなと思ったので、こちらに来て変えました。ずっと使い続けてほしいし、この場で続けていきたい。革の物はやっぱり長く使ってこそだと思うので。

- 確かに、革製品は使えば使うほど色も触り心地もしっくり馴染んでいつまでも使い続けたくなります。
「TSUZUKU」にはそんな篤さんの想いが込められているのですね。

松井
鎌倉に移ってから、作るものは変わりましたか。
齊藤
もちろん東京から注文しに来てくれますけど、今までと同じようにはやっていけないので、セミオーダーだったり定番商品を作って、オーダーは受けるけれども、ある程度のベースをしっかり揃えてやっていこうと思っていて。僕ひとりだと入口も狭くなるので、彼女の意見も聞きつつ。最近あのバッグを作ったんですけど、彼女の意見で作ってます。
麻紀
私が作ってほしい形と篤が作りたい形とは違っていて。だったら「+M」っていう別ラインにすれば、作り出しやすいなと思って分けて。
松井
じゃあ、これは麻紀さんがデザインを考えて、進めるんですか。
麻紀
そうですね。ただ素人なので、使いやすさとか強度とかを教えてもらって、そうか~と思いながら。でも女性目線で考えると、革ってがっちりした感じがするので、女の人でも持ちやすい感じがいいなと。ごついイメージを和らげたい。お客さんの範囲を広げたいなと思って。
お客さんが作って欲しい形と、自分たちが売っていきたい形が一致してない場合もあるから、TSUZUKUブランドとして、お客さんの声も聴きながら変えていく。カスタムで寄り添っていけるお店でありたいなと思っています。

- 麻紀さんがチームに加わり、新しいTSUZUKUらしさが生まれています。タッグを組むことで商品の幅が広がり、お客さんの層も広がっていく。お互いの良さを尊重しているからできる物作りです。

松井
ところで、篤さんはどんなところからデザインの影響を受けることが多いですか。
齊藤
自分が持ちたいなと思うものっていうのはありますね。もちろん作るからには人が持っていないものがいいんですけど、かといってデザインは出尽くしてる感じはあると思うので、革の組み合わせであったり、どこか変わった線が入ってたり、そういうところで違いを出したいなと思っています。
松井
オーダーを受けて作るのと、スタンダードを増やすのとどちらが楽しいですか。
齊藤
楽しいのは一個ずつ作る方が楽しいですよね。要点だけ聞いて、「こんな感じでできますか」って言われて、「考えてみます」って絵を描いて、「いいですねそれ」って言って作るのが一番楽しいです。自分の色を入れつつ、その人の希望を形にするのが一番楽しいですね。
松井
やっぱりそうなんですね。では、篤さんはひとりで制作されていて、経済的にしろ、クリエイティブにしろ、もやっとすることがあったときに、どう解決しているんでしょうか。これから始める人にも参考になると思うんですが。
齊藤
そこまで突き詰めて考えないかもしれないけれど。もし仮に注文が途切れたら、収入の当てがなくなることになるんですけど、そしたらその時は突き詰めて作りたいものをひたすら作ると思います。
松井
それがお客さんとつながることになるっていう、経験値があるんですか。
齊藤
そこで突き詰めて作るものは、いいという人も絶対出るし、とにかく手を止めたら何も生まれないので、ひたすら手は動かすようにしなきゃいけないと思ってます。

- 「悩んだら、作れなくなる」のではなく、「悩んでいるから、作る」。驚くのは、これまで取材した方も皆さん同じことをおっしゃっていたこと。悩むと何も手につかなくなる私には、神業のように思えるその情熱があるからこそ、作家としての活動を続けていくことができるのだと思います。

松井
さすが作家です。今までに取材した皆さんも手を止めないと言ってました。
麻紀
すごく考えると、帰ってくるときに頭が痛くなって来ています。
齊藤
考えすぎるとね。
松井
考えすぎるってどんなことを考えるんですか。
齊藤
イメージが頭にあるのを形にするじゃないですか。
流れとしては、紙にこういう形にしようと書いたものを型紙に書いて、すぐに本番の革に行くわけにいかないのでサンプルの革で形にするんですけど、その時に「ああ、こうじゃない。このふくらみじゃない」っていうのを何回も繰り返してると頭が痛くなってきます。頭を押さえながら自転車に乗ってます。でも家に帰ると何も考えないです。ちょうどいいですね。20分ぐらい。
松井
自転車を漕いで帰ったらもうすぱっと切り替わるんですね。
お休みはあるんですか。
齊藤
不定休で。今子どもの行事とかに合わせてお休みして。
でもまあ、今は月に4~5日ですね。
松井
なるほど、その時は仕事のことは考えずに過ごせるタイプですか。
齊藤
そうですね。家に帰ると何もないので。完全に切り離されます。
松井
そうなんですね。
ところで、定番とオーダーでは、今もオーダーの方が比率が大きいですか。収入の。
齊藤
今はまだそうですね。
麻紀
今「まだ」って言った意味は、今はオーダーの間に定番を作り出そうと走り出したところで。目指すところは、定番でTSUZUKUっていうブランドが好きな人が来てくれて、その合間にこだわりの人たちが入り込める場所も残しておきつつ。(オーダーと定番の)比率を反対にしたいんです。
松井
なぜですか。
齊藤
月一回新しい定番商品を考えるというのをやっていこうと思ってるんです。
一から形にするよりも、定番商品のカットをまっすぐにしたいとか。そういうご相談のだと、時間や手間が少なく作れるので。
松井
フルオーダーも楽しいけど、(定番の方が)効率がいいんですね。
麻紀
好きなのは一から。でも効率だったり収入だったり、一年間に作れる物には限りがある。そこがやっぱり、考えるところですね。
齊藤
完全にフルオーダーの物を作れば、金額を上げることができるんですけど、その分かかる時間も増えてしまう。それが、セミオーダーで置いてあるものであればもっと短い時間で作れる。
松井
オーダーと定番とは価格が圧倒的に違いますよね。
齊藤
そうですね。
松井
オーダーの価格はどうやって決めていかれるんですか。
齊藤
革の量とか材料の量とか、あとは相場的な値段を見たり。
革も一枚買っても全部が使えるわけじゃなくて端っこは使えないとか。やっぱり作る手間賃の方が材料費よりもかかります。

- 移転を機に、新たな商品構成を模索している篤さんと麻紀さん。TSUZUKUのお二人は、東京時代にはなかった横のつながりを強く感じているそうです。

麻紀
ここにきていろんなつながりが持てることが、私たちにとっては一番大きな得られたものなんです。
齊藤
東京の時は自分のところだけだったので、近所のお店のつながりもなかったですし、ご飯屋さんとかもわからなかった。このあたりにおすすめのご飯屋さんありますかって聞かれても一軒ぐらいしか言えなくて。お店に来たらお弁当持って行ってるから外に出ませんし、帰る頃にはみんな閉まってる。
松井
つながりだと、たとえば一緒に仕事をしてみたい業種などはありますか。
齊藤
木工は好きだからいいですね。
木工、金属、加工してない真鍮とか鉄とか、生の素材の色が好きなので、何か一緒に作れたらいいなと思います。
 
(お店の前に出してある)この看板を見て、先週「デザインやってるんですけど、お客さんにこういう看板って言われたときにどういう風に相談したらいいですか」って。
麻紀
ありがたいですよね。つながり。いろんなことが知れるし、つながって行けるのって。
それを強みにもして行きたいなと思う。

- 鎌倉で生まれた横のつながりを大切に、ご夫妻で力を合わせて新しいTSUZUKUを作っている篤さんと麻紀さん。正反対に見えるお二人がお互いの良さを認め合って、しっかり同じ方向を向いて進んでいる姿が美しく、取材が終わるころにはお二人のファンになっていました。
これからどんどん周りとつながって、ますますお二人らしいTSUZUKUの世界が生まれていくのだろうなあ。これからのTSUZUKUがとっても楽しみです!

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この記事に登場の作り手

ポートフォリオ

齊藤篤
学生の頃から革の小物やバッグ作りを始め、その後、小松俊彦氏に師事。​2005年11月、前身である「革工房atsu」は代官山の1室からはじまる。定番アイテムと独自の世界観の1点ものを展開しながら、お客様のご要望に寄り添い、カスタムオーダーやフルオーダーにも対応。

https://tsuzuku.work/

〒248-0007 神奈川県鎌倉市大町1-3-24
0467-53-8313
info@tsuzuku.work

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